logo
 サイト内検索

検索オプション
 メインメニュー

絶景の続く森林鉄道 阿里山鉄道を紙上体験

『な〜るほど・ザ・台湾』観光最新情報 2006年7月号掲載

阿里山鉄道は世界的な人気を誇る森林鉄道。
嘉義駅から阿里山駅までの全長71.34kmを
3時間半かけて結ぶ。両駅間の標高差はなんと2186m。
大自然を堪能できる鉄道の旅を満喫しよう。


阿里山特快は嘉義駅から

阿里山鉄道の起点は嘉義。駅前にはビンロウの樹が並び、旅人を迎えている。列車は一番線ホームの先端を小さく切り込んだような専用乗り場に発着する。この駅の標高は海抜30m。2216mの阿里山駅までの鉄道の旅はここから始まる。

 現在、このホームから出る定期列車は13時30発の1本のみ。運賃は片道399元だ。

 

 阿里山鉄道は伐採された木材の搬出のための森林鉄道だった。しかし、並走する道路が完成して以来、木材はトラック輸送に移行していく。しかも、木材の伐採は後に禁止され、貨物列車そのものが廃止されてしまった。現在は、一往復の旅客列車だけが残っている。

「阿里山特快」と呼ばれるこの列車。赤く塗られたディーゼル機関車がおもちゃのように小さい客車を三両ほど牽引する。線路の幅はわずか762?。台鉄在来線やJRは1067?で、新幹線は1435?。つまり、新幹線の線路幅の約半分というミニ鉄道なのだ。当然ながら車両も小さく、客車一両あたりの定員は25人。それでも観光列車らしく、全車エアコン装備でトイレ付きとなかなか立派。なんと座席はリクライニングまでするというぜいたくぶりだ。

嘉義駅を後にした列車は、線路脇にせり出した民家の軒先をかすめるように進む。しばらくすると、視界が開けて北門駅に到着。ここは1910(明治43)年10月1日、嘉義―竹崎間が開通した際に設けられた由緒正しき駅。構内は広く、運転上の拠点にもなっている。側線にはディーゼル機関車や客車などが留置され、その奥にはかつての木造駅舎が残っている。

 現在の北門駅の駅舎は鉄筋コンクリート造りの大きな建物。正直なところ、味も素っ気もない駅舎だ。

 その駅前の駐車場には、何台もの大型バスが並んでいる。鉄道は時間もかかるし運賃も割高だが、阿里山とは切っても切れない乗り物。そこで、バスを北門駅に横付けして往路は鉄道を利用し、帰路は阿里山に先回りしたバスで山を下るというわけだ。旅行代理店の苦肉の策とでも言おうか。

北門駅を出ても、市街地はまだ続く。民家が連なり、ちょっとした郊外路線のような雰囲気だ。そして家並みの間が緑で埋められるようになると、竹崎駅に到着。この辺りはバナナやサトイモ、そしてタバコの畑が広がっている。時折、日本統治時代に建てられたタバコ乾燥小屋なども目に入ってくるのでお見逃しなく。

 竹崎は日本統治時代からバナナの産地として知られてきた。付近一帯で収穫されたバナナはここに集められ、鉄道で嘉義へ運ばれていった。竹崎の駅は市街地からは離れているが、その街並みはなかなか賑やかで、小さいながらも活気ある地方都市の風情が漂っている。

鉄道ファンならずとも竹崎の駅舎は注目しておきたい。昔懐かしいスタイルの木造平屋の駅舎が現役なのだ。戦前の面影をよく残しており、駅舎内には戦前から使用されているという鉄道電話や金庫が残っている。

本格的な山岳路線に早変わり

 竹崎駅を出ると、列車は左に大きく曲がって橋を渡る。ここから一気に山岳路線へと早変わりだ。この先、阿里山駅到着までの3時間はまさに上り坂が絶え間なく続いている。車窓にはまだヤシやビンロウ、リュウガンなど熱帯性の樹木が多く見られるが、進んで行くにつれて徐々に涼気が漂い始める。

 樟脳寮は竹崎を出てから最初の集落である。海抜543m。樟脳は、かつて台湾の特産品だった。一時は全世界の70%の生産量を占めたとも言われ、ここにもクスノキの株を蒸留するための小屋があったという。現在は地名にのみ、郷土の歩みを残している。

 

現在の北門駅の駅舎は鉄筋コンクリート造りの大きな建物。正直なところ、味も素っ気もない駅舎だ。

 その駅前の駐車場には、何台もの大型バスが並んでいる。鉄道は時間もかかるし運賃も割高だが、阿里山とは切っても切れない乗り物。そこで、バスを北門駅に横付けして往路は鉄道を利用し、帰路は阿里山に先回りしたバスで山を下るというわけだ。旅行代理店の苦肉の策とでも言おうか。 

 この先、阿里山鉄道の存在を有名にした獨立山のスパイラルがある。スパイラルとは三重ループのことで、文字どおり、ぐるぐると山肌を回りながら山を上っていく。車中にいる乗客にはループ線の存在を実感することはできないが、眼下に先ほど通ってきた線路が見える場所がある。なお、このあたりからトンネルが急に増えてくるが、その途中で、熱帯林と暖帯林の境界を示す看板がある。この場所がちょうど海抜800mの地点だ。

 続く梨園寮駅は海抜904m。そして、交力坪駅は997mの地点にある。ここまで来ると真夏でもエアコンを必要としないほどの涼しさだ。車窓は相変わらず深い森林が続いているが、いつの間にか、先ほどまでは見られなかった竹が多くなっている。茶畑が見えてくるのもこの辺りからだ。

 海抜1186mの水社寮駅を過ぎれば休憩地点の奮起湖まではあと少し。しかし、この辺りの駅間は長く、なかなか集落らしきものは見えてこない。機関車の苦しそうな唸り声が気になってくると、視界が開けて奮起湖駅の構内にすべり込む。

山間の小集落・奮起湖で小休止

奮起湖は山間に開けた沿線最大の集落。海抜1403mの地点にある。地名には「湖」という文字が入るが、付近に湖沼らしきものはない。それもそのはず。これはホーロー語で盆地を意味する言葉である。

 ここは古くから列車交換駅となっており、機関車の吸水作業が行われた。遅延が珍しくない蒸気機関車が牽引していたので、停車時間は長かった。そういった長時間停車の副産物となったのが駅弁だ。わずか一種類のみだが、高原野菜で知られる土地柄だけあって、おかずは絶品ばかり。キャベツや山菜などの味は、他の土地で口にするものと明らかに違う。

多林駅は日本統治時代は「トロエン」といった。ツオウ族の地名をカタカナで表記したものだったが、戦後、現在の表記に改められた。確かに周囲には竹林が広がり、「多林」という地名に違和感はない。この駅の標高は1517m。嘉義駅を出てから、1500mも上ってきたことになる。

 ここから先、列車は時には山肌を走り、時には稜角をかすめるように走りながら上っていく。十字路と屏遮那の両駅を過ぎてしばらくすると、切り立った断崖のような山容の塔山が見えてくる。この山は阿里山地区に隣接する高山で、山並みの東南部が大断崖のようになっているのが独特。沿線屈指の絶景ポイントである。

 ここから先、スイッチバックが連続する。勾配が急なため、列車は進行方向を変えながら、行ったり来たりするのだ。阿里山駅までは合計3箇所のスイッチバックを体験することになる。第一分道と呼ばれる最初のスイッチバックを経て、第二分道で2番目のスイッチバック。いったん進行方向が逆になるが、元に戻ってから二萬平駅に到着だ。

 二萬平駅からは峡谷を挟んで塔山の雄姿が眺められる。この駅の標高はちょうど2000m。ホームは簡素な造りで、停車時間も短いが、ここには公営の宿泊施設、阿里山青年活動中心がある。嘉義からこの駅までが開通したのは1912(大正元)年のこと。この先、沼の平(現沼平)まで開通したのは、2年後のことだった。なお、当所は「二萬坪」と呼ばれていたが、これは山中に突如広い平地があることから名づけられたものだった。

終着・阿里山へ。最後の力走

 二萬平駅を出発すると、列車は最後の区間にさしかかる。長らく阿里山のシンボルとされた神木の前で3度目のスイッチバック。列車はここから林務局が管理する阿里山森林遊楽区に入る。残念ながら神木は落雷によって倒壊し、1998年6月に切り倒された。だがその残骸は残されており、旧阿里山神社脇から巨木の間を抜ける散策歩道が整備されている。

 茂みを抜けると、終点の阿里山駅に到着だ。この駅は戦後になって新しく設けられたターミナルで、日本統治時代は第4スイッチバックが置かれていた場所。純中国様式の壮麗な建物だったが、1999年9月の大震災で駅舎は無惨にも倒壊。現在はその少し先に仮駅が設けられている。観光客はここで下車し、阿里山鉄道の旅は終わりとなる。

 列車の到着とともに、ホテルの客引きや送迎バスが盛んに声をかけてくるのがにぎやかだ。列車は乗客を降ろすと、機関車の付け替え作業を行うので、その様子をしばらく眺めるのも面白いだろう。記念撮影を楽しみながら、長かった汽車旅の余韻を楽しもう。

 3時間半にわたる鉄道の旅。ホテルで旅装を解いたら、さっそく周辺を散策するといい。そして、好天を祈っておこう。翌日は定番のご来光見学だ。阿里山駅から祝山まで、今度は阿里山鉄道の支線、祝山線のお世話になる。小さくとも偉大な山岳森林鉄道。豊かな緑と絶景を楽しみながらの旅はきっと一生の思い出になるはず。阿里山を訪れる際には、ぜひ鉄道を利用することをお勧めしたい。

※交通機関や宿泊先の情報は「な〜るほど台湾」に掲載時のものです。現在とは異なります。

Copyright © 2000-2011 片倉 佳史 KATAKURA Yoshifumi All Rights Reserved.台湾特捜百貨店