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2022年3月18日(金曜日)

台東県成功鎮「旧菅宮勝太郎邸修復完了式典」

カテゴリー: - katakura @ 10時26分58秒

台東に生まれた日台の絆・交流スポット。
高雄の鄭先生より情報をいただきました。
日本統治時代に蒔かれた種子がここにまた、
実りの瞬間を迎えたように思えます。
3月19日土曜日、15時から式典の様子をライブ中継するそうです。

以下、いただいた文章を貼り付けます。

台湾台東縣成功鎮から「旧菅宮勝太郎邸 修復完了式典」の様子をお伝えします。
日台交流の新たな拠点の誕生を見守ってください。多くの方に視聴いただきたいですね。

◆ゲスト◆
台湾側 副総統 頼清徳氏
    文化部部長 李永得氏
    東縣縣長 饒慶鈴氏
    台東縣成功鎮長 黄博昌氏
日本側 台湾交流協会高雄事務所副所長 古田清史氏

↓↓↓ご視聴はこちらから↓↓↓
https://www.facebook.com/events/431723668704483/

「菅宮勝太郎とは」
1883年 
茨城県(現在の神栖市)生まれ

1907年 
警察官として台湾に赴任

1922年 
新港支庁長に任命される*新港(現在の成功鎮)のインフラや漁港、道路の整備・建設を進めて地域の発展に寄与。
新港を愛し、「私は新港の土となり、長くここ第二の故郷に眠ることを願う」という言葉を残しました。

1943年 
死去*希望どおり新港の地に埋葬されました。

「旧若宮勝太郎邸とは」
1932年に建てられた当時の台湾東部では珍しい2階建ての日本式家屋です。
戦後は診療所として使用され、
1995年に診療所が閉鎖すると新港教会が買い取りバックパッカー向けの宿とし、
2003年には台東県の歴史建築に登録されました。
ところが2014年の台風により著しく破損したため、
新港教会やボランティアが修復に乗り出し、
2019年に文化部が補助金交付を決めると、
本格的な修復作業が始められ、このほど完了しました。

多くの人々の努力と協力によって当初の姿を取り戻した旧菅宮勝太郎邸は、
今後一般公開されるだけでなく、
オープンスペースを使った建物の歴史に関する展示やイベント、展覧会、
また日台交流も企画される予定です。

↓↓↓ご視聴はこちらから↓↓↓
https://www.facebook.com/events/431723668704483/


2022年3月7日(月曜日)

昭和16年当時の花蓮港

カテゴリー: - katakura @ 01時08分30秒

初音・銅門から埔里に抜ける山岳道路です。
現在は山越えの部分が廃道となっています。


2021年11月23日(火曜日)

台湾詳細年表・1910年(明治43年)

台湾詳細年表
1910年、明治43年 

1月
5日 呉秀三(くれしゅうぞう)が来台。クレチン症(甲状腺機能低下症)患者の調査でブヌン族居住地域に入る。日本の精神病学の草分け。
16日 愛国婦人会台湾支部に蕃地部を置く。
22日 花蓮港一帯を地震が襲う。

2月
1日 台湾東部の花蓮港(花蓮)付近の鉄道敷設工事が始まる。
15日 鹿港市場の落成式が開かれる。
20日 佐久間総督が北部山岳部を巡視。

3月
1日 花蓮港から鳳林間のトロッコの営業が始まる。
7日 台湾製茶株式会社が設立される。のちに台湾拓殖製茶株式会社に統合される。
15日 台南郵便局が落成。台湾南部屈指の名建築に挙げられるも、現存はせず。

4月
1日 『台湾私法』が刊行。台湾総督府臨時台湾旧慣調査会がまとめた法制と習慣についての報告書。
1日 花蓮港庁に官営移民村が開村。吉野村への内地農民の移住開始。
1日 「官設埤圳水利組合規則」が公布される。
2日 台湾倶楽部が東京で発会式。台湾関係者の親睦・支援団体。
10日 新竹州の後龍圳が竣工。
16日 「台湾総督府阿里山作業所官制」が公布される。阿里山鉄道と伐採事業を管轄。
30日 『台湾植物目録』(川上瀧彌編・台湾総督府民政部殖産局発行)が刊行。台湾の植物は総数2368種(外来種170種を含む)。

5月
1日 台北医専の学生・翁俊明が中国同盟会に参加。会員となる。ジュディ・オングの祖父。
14日 基隆のフランス人墓地の修繕が終わる。
15日 阿里山作業所出張所が嘉義に置かれる。
28日 曹洞宗大本山台北別院の入仏式が挙行される。
・理蕃5ヶ年計画が実施され、各地で討伐隊が結成される。

6月
1日 花蓮港医院が開かれる。
14日 マティンクル事件。ブヌン族による抗日事件。
16日 北白川宮輝久王が来台。台北と台南を巡視。
18日 佐久間総督が上京。
21日 台北の弘法寺で入仏式。

7月
3日 東郷平八郎特命検閲使が馬公に到着。8日まで要港部の視察。
18日 打狗(高雄)で竜巻が起きる。
27日 大島久満次に代わり、内田嘉吉が民政長官となる。
・南部を中心にアメーバ赤痢が流行する。

8月
22日 日韓併合条約締結。朝鮮総督府設置。
26日 嘉義公園が開園する。

9月
12日 内田嘉吉民政長官が着任。のちに台湾総督(第9代)。

10月
1日 阿里山鉄道の嘉義〜竹頭崎(現・竹崎)間が開業。
8日 澎湖に妙廣寺が建立。
13日 帝国製糖株式会社が創立総会。台中に本社を置く。翌年末から操業開始。1941年、大日本製糖に吸収合併。
28日 大阪角力(相撲)大木戸一行が台北で3日間の興行を打つ。

11月
1日 台東拓殖合資会社が設立される。
12日 素木(しらき)得一が台湾アカシアなどに寄生する綿吹介殻虫(ワタフキカイガラムシ)に関する報告書を発表。
米国のベダリアテントウムシを用いて駆除に成功。天敵を利用した駆除法が世界的な評価を受ける。

12月
10日 台湾博物学会が成立。
15日 台湾東部の花蓮港(のちの花蓮)〜鯉魚尾(同じく寿、現在の壽豐)間の鉄道が開業。東部最初の鉄道。
30日 台北に大衆演芸場・朝日座が開業。


2021年9月18日(土曜日)

アミ族の豊年祭〜ミリシン

カテゴリー: - katakura @ 19時45分23秒


2021年8月14日(土曜日)

台湾詳細年表【1920(大正9)年】

https://note.com/katakuratw/n/ncf3f14e76261
1920年(大正9年)の台湾詳細年表(私家版)


2021年5月31日(月曜日)

日本統治時代の蘇澳駅のスタンプ

カテゴリー: - katakura @ 21時35分05秒


2021年3月1日(月曜日)

紅頭嶼の人々

カテゴリー: - katakura @ 18時50分53秒

蘭嶼は太平洋に浮かぶ島。
日本統治時代は「紅頭嶼」と呼ばれていました。
この島については、拙著で恐縮なのですが、
以下をご覧いただければ幸いです。

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2020年9月24日(木曜日)

吉野村の地図

カテゴリー: - katakura @ 17時15分08秒

台湾東部にあった官営移民村。
吉野村周辺の地図です。

タウラン、ポクポクという南勢アミ族(北部アミ族)の二大集落がありました。

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2019年10月8日(火曜日)

台中州と花蓮港廳

カテゴリー: - katakura @ 01時17分51秒

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2017年12月29日(金曜日)

湾生訪問・冨永勝さんを訪問しました

カテゴリー: - katakura @ 18時22分02秒


2016年11月10日(木曜日)

花蓮港付近の路線図

カテゴリー: - katakura @ 03時11分15秒

日本統治時代の花蓮周辺の鉄道路線図。
当時の駅名は「花蓮港(かれんこう)」でした。
拙著『古写真が語る台湾日本統治時代の50年』(祥伝社)から転載。

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2016年10月15日(土曜日)

花蓮港神社

カテゴリー: - katakura @ 09時11分19秒

花蓮港神社の様子。
日本統治時代、港の有無を問わず、この町の名前は花蓮港(かれんこう)でした。

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2016年8月28日(日曜日)

紅頭嶼。チヌリクラン

カテゴリー: - katakura @ 13時09分00秒

蘭嶼。日本統治時代は紅頭嶼と呼ばれた島。
タオ族の人々が暮らしています。
この大きな船はチヌリクランと呼ばれるもの。
幾何学的な模様が印象的です。

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2016年7月25日(月曜日)

花蓮港庁舎

カテゴリー: - katakura @ 13時48分46秒

盬水港製糖株式会社の社史より転載。

花蓮港庁


2015年10月3日(土曜日)

昭和17年の台湾の都市別人口。上位11都市〜数字で見る台湾

昭和17年末に実施された国勢調査。
各都市の人口は以下のようになっている。

台北(38万3650名)
高雄(19万7897名)
台南(15万8689名)
基隆(10万7683名)
嘉義(10万2192名)
台中(10万300名)
新竹(9万2692名)
彰化(6万3033名)
屏東(6万2185名)
花蓮港(3万9813名)
宜蘭(3万8950名)


2015年8月13日(木曜日)

講演のお知らせ 2015年9月13日

片倉佳史,講演,祥伝社,台湾

【9月13日、講演のお知らせ】 

9月13日(日曜日)の11時30分から、
東京都杉並区のまるごと台湾フェアで講演をさせていただきます。
タイトルは「特別講演・古写真でたどる日本統治時代の台湾」。

私の講演に続いて映画『KANO』の上映会もあります。
あわせてお楽しみください。

http://suginami-kouryu.org/contents/code/eve150913
詳細はこちらから。

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2015年4月13日(月曜日)

新刊のお知らせ

四月下旬に刊行になる新刊の表紙デザインです。

書名は『古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年』。
日本統治時代の台湾を誌面で再現するという試みの一冊です。

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『古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年』(祥伝社)
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祥伝社から刊行になります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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2015年4月7日(火曜日)

吉田橋

カテゴリー: - katakura @ 20時51分57秒

吉田橋。
台湾東部、馬武窟渓の河口に架けられていた橋。

馬武窟渓の下流一帯は渓谷美で知られ、
第五代台湾総督佐久間左馬太によって「台東耶馬溪」と命名されました。

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2015年3月20日(金曜日)

蘭嶼点景

カテゴリー: - katakura @ 19時59分38秒

トビウオ漁に出かけるタオ族(ヤミ族)の男達の様子。

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2014年4月26日(土曜日)

タオ族、紅頭嶼

カテゴリー: - katakura @ 17時48分35秒

紅頭嶼は現在、蘭嶼と呼ばれています。
日本統治時代に撮影されたタオ族の男女。

『日本地理風俗大系』より複写。

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2014年2月23日(日曜日)

『サヨンの鐘』 歌詞

カテゴリー: - katakura @ 00時29分30秒

サヨンの鐘(原題・「乙女の真心」)

(西条八十作詞・古賀政男作曲)

嵐(あらし)吹きまく 峯(みね)ふもと
流れ危うき 丸木橋(まるきばし)
渡るは誰ぞ うるわし乙女(おとめ) あー
紅(あか)きくちびる ああサヨン

晴れの戦(いくさ)に 出でたもう
雄々し師の君 なつかしや
担う荷物に 歌さえ朗ら あー
雨は降る降る ああサヨン

散るや嵐に 花一枝(ひとえ)
消えて哀しき 水けむり
蕃社の森に 小鳥は啼けど あー
何故に帰らぬ ああサヨン

清き乙女の 真心を
誰か涙に 偲ばざる
南の島の たそがれ深く あー
鐘は鳴る鳴る ああサヨン


2014年1月28日(火曜日)

蘭嶼点景

カテゴリー: - katakura @ 10時48分56秒

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2014年1月26日(日曜日)

花蓮港神社

カテゴリー: - katakura @ 17時00分22秒

県社花蓮港神社は花蓮港廳米崙山の中腹にあり、
大正五年四月に起工、同九月に竣工、二十二日鎮座式を行っています。
大正十年三月二日県社に昇格しています。
祭神には大国魂命、大己貴命、少彦名命、北白川宮能久親王を奉祀していました。

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2013年11月17日(日曜日)

日本統治時代の蘇澳駅

カテゴリー: - katakura @ 11時27分23秒

日本統治時代の蘇澳駅の様子。
駅舎は木造家屋だったようです。
漁港は南方澳にあり、歩くか、バスで移動していたそうです。
陸揚げされた魚介類はトロッコで駅まで運ばれていたそうです。

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2013年9月10日(火曜日)

蘇澳の漁港

カテゴリー: - katakura @ 03時27分18秒

蘇澳漁港。現在は南方澳漁港と呼ばれています。
台湾の漁業基地の中でもっとも原形を留めている港です。

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2013年7月14日(日曜日)

瑞穂温泉

カテゴリー: - katakura @ 09時01分24秒

日本統治時代に撮影された瑞穂温泉の様子。
警察官療養所として設けられた滴水閣が左手の丘上に見られます。
ここは現在も瑞穂温泉山荘として営業を続けています。
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2013年2月27日(水曜日)

往年の太魯閣峡谷と理番道路

カテゴリー: - katakura @ 09時46分12秒

日本統治時代に撮影された太魯閣峡谷のカット。

当時は理蕃道路と呼ばれていた山越えの道は現在の横貫公路よりもはるか上を走っていました。
天祥(旧名タビト)に近い緑水歩道がかつての理蕃道路の一部です。

もともとはタロコ族の居住するエリアでしたが、
ここの歴史もまた、移住政策によって全容を掴むことが難しくなっています。
そのあたりの背景は拙著『観光コースでない台湾』(高文研)で紹介させていただきました。

太魯閣,日治,観光コースでない台湾


2013年1月11日(金曜日)

佐久間神社

カテゴリー: - katakura @ 11時27分07秒

太魯閣峡谷のタビトにあった佐久間神社。
第五代台湾総督の佐久間左馬太を祀っています。
跡地は文天祥公園となっています。狛犬が残っています。

なお、タビトは現在天祥という名に改められています。


2012年11月1日(木曜日)

紅頭嶼の様子・タタラ舟

カテゴリー: - katakura @ 00時06分21秒

蘭嶼点景。
日本統治時代に撮影された古写真より。
タタラ舟。


2012年8月29日(水曜日)

花蓮港郵便局の風景印

カテゴリー: - katakura @ 08時04分10秒

日本統治時代の花蓮港郵便局の風景印(絵入り消印)。
手作り感がたっぷり漂っていて、いい感じです。

ちなみに花蓮の日本統治時代の名は港の有無に関わらず、花蓮港(かれんこう)でした。
拙著『台湾風景印〜駅スタンプと風景印の旅』(玉山社)より転載。

http://www.taiwanembassy.org/ct.asp?xItem=60808&ctNode=1448&mp=202
台北駐日経済文化代表処のウェブサイトで紹介された拙著の記事

花蓮港,風景印


2012年8月25日(土曜日)

花蓮港駅前のバス乗り場

カテゴリー: - katakura @ 13時12分08秒

花蓮港駅前のバス乗り場。
結構な賑わいですね。ここから東海自動車という会社が蘇澳まで路線を持っていました。

なお、日本統治時代の都市名、駅名は港の有無にかかわらず、「花蓮港(かれんこう」でした。


2012年5月23日(水曜日)

アミ族の豊年祭の様子

カテゴリー: - katakura @ 03時59分18秒

アミ族の豊年祭。ミリシンの様子。
日本統治時代に発行された絵はがき。花蓮港(現花蓮)付近のパンツァーと呼ばれる人々。


2012年4月13日(金曜日)

タロコ峡谷

カテゴリー: - katakura @ 11時52分45秒

日本統治時代に発行された太魯閣峡谷の絵はがき。
昭和10年前後、かなり盛んにこの景観が宣伝されました。
意外にもカットのバリエーションが豊富です。


2011年12月4日(日曜日)

アミ族の豊年祭(ミリスィン)

カテゴリー: - katakura @ 10時00分45秒

アミ族の豊年祭。
現地ではミリスィンと呼ばれます。
この写真の撮影地・集落名は不明です。
服装から判断すると海岸アミ族と思われrます。


2011年7月1日(金曜日)

臨海道路(蘇花公路)とギルマルド断崖

カテゴリー: - katakura @ 07時30分34秒

日本統治時代に整備された臨海道路(現蘇花公路)。
その歴史は清国統治時代に遡りますが、昭和6年に自動車道路が開通して以来、
すぐに往来が激しくなったと言います。

ただ、この区間は断崖絶壁が延々と続き、今もなお、難所中の難所として知られています。


2011年2月11日(金曜日)

旧鹽水港製糖株式会社上大和糖業所

カテゴリー: - katakura @ 09時42分57秒

鹽水港製糖株式会社の上大和糖業所。
上大和は現在、光復と改名されています。
製糖工場も操業を終え、現在は観光糖廠となっています。


2010年3月16日(火曜日)

吊橋を渡る

カテゴリー: - katakura @ 01時14分57秒

山岳地帯を中心に各地で見られた吊橋。
この写真は太魯閣峡谷付近のものとされているが、
高さが全くわからないカットになっている。


2010年2月7日(日曜日)

タッキリ橋、太魯閣峡谷

カテゴリー: - katakura @ 10時40分01秒

太魯閣峡谷の入口に位置するこの橋。
タッキリ渓を渡っており、現在も同じ場所に架橋されている。
現在は漢字で「立霧渓」と表記されている。

花蓮側にはブセガン、蘇澳側にはタッキリという集落があった。
前者は現名「富世」、後者は「崇徳」となっている。


2009年10月21日(水曜日)

台東駅鳥瞰

カテゴリー: - katakura @ 12時39分19秒

日本統治時代の台東駅を鳥瞰。
現在、台東駅は郊外に移転しており、極めて不便。
市の中心部にあったこの旧駅は芸術展示空間となっている。
画面右手にある木造車庫は今も残っている。

台東駅,日本統治時代,旧駅


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